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アイドルとドラマ〜オタクが舟木になるとき〜

着飾る恋、といえば、逃げ恥から始まりヒットを飛ばし続けるTBS火曜9時のお仕事恋愛ドラマ枠、2021年春クールのドラマである。

過去に同じ枠で放送されていたわたナギや恋つづ、恋あたと同様に、毎週のトレンド入り、TVerランキング1位はもはや前提の人気作だ。

逃げ恥が「ムズキュン」、わたナギは「おじキュン」、そして着飾る恋がうちキュン。前2作が、連ドラ放送終了後に制作された特別編以降のキャッチフレーズであるのに対して、「うちキュン」はドラマの情報解禁当時から全面に押し出されていた。

もちろん、そんな「うちキュン」ドラマは基本的に主人公に感情移入するように作られている。壁にぶち当たりながらも前向きに進む真柴には、駿による不器用ながら明るく温かいエンドロールが待っており、時に葉山が手を差し伸べる。

一方で対照的にシビアなのが、シェアハウスの古参組である陽人と羽瀬だ。

陽人のストーカー騒動から羽瀬の妊娠疑惑など、30代の男女にとって非常にリアルで心を抉る事件をきっかけに二人の関係が進展していく。フレンチキスやバックハグといったスキンシップにドギマギする様子は可愛らしくも思えるが、一方で二人の物語はしっとりと重たい。夢を捨てる羽瀬、それを拾い上げる陽人。対照的でありながらもお互いを補い合う二人に訪れたハッピーエンドは美しかった。

 

ここであえて取り上げたいのが、舟木である。

舟木のことを覚えている視聴者はどのくらいいるのだろうか。

私がこのドラマを見始めたきっかけは、「丸山隆平さんが出演するから」一点である。関ジャニ∞という国民的アイドルのファンダムの大きさからして、同様の視聴者も相当数いるだろう。

ここで特筆すべきは、私と私の周りのオタクが感情移入するのは、真柴ではなく舟木であることが多いということだ。

舟木は陽人が以前勤めていた大学病院の看護師で、お互いの退職後も陽人のカウンセリングを受けていた。陽人は舟木からのカウンセリング依頼を断ることなく、文字通り時間や場所を問わず24時間対応していた。陽人が舟木を自分のいち患者として真摯に対応する一方で、舟木は明らかにそれ以上の感情を寄せてしまう。最終的にシェアハウスを特定し、陽人に会うまで帰らないと駿のキッチンカー立て篭もり事件を起こすまでに至る。

この一連はほとんど5話のみで描かれ、ドラマ全体に与えた影響はそれほど大きくない。しかし、陽人を演じる丸山隆平さんのオタクたちにはかなり大きい一撃であったように思う。

 

陽人を知る誰もが「ハルちゃん」と親しく呼びかけてしまうあたたかな笑顔やそれに似合ったやわらかな京言葉、24時間営業のプロフェッショナルな一面は、思わず「マルちゃん」に重ねてしまう。ドラマの放送前後に行われるインスタライブでも、オレンジブラウンのマッシュヘアに穏やかな表情でオタクのコメントを逐一読み上げる様子は、陽人に限りなく近い。インスタライブの画面さえも、陽人のオンラインカウンセリングの画面に似ている。

丸山さんが等しくオタクに向ける慈しみと、陽人が患者に向ける優しさが似ていること。そして、画面の向こうで微笑むハルちゃん/マルちゃんに話しかけられるうちに、必要以上に好意を抱いてしまうこと。陽人と舟木の関係の危うさはそのままアイドルとオタクの関係の危うさに置き換えられる。そして、それを自覚したオタクが苦しむという地獄が発生したのであった。

 

このような役柄に丸山さんがキャスティングされたことについて考えたい。

このドラマのプロデューサーである新井順子さんは、過去に「アンナチュラル」も担当している。「アンナチュラル」にもずん・飯尾さん(着飾る恋で真柴の上司役)が出演しているが、新井さんは飯尾さんやハナコ岡部さん(「わたナギ」出演)のような俳優ではない人(芸人)をドラマに起用する理由について以下のように語っている。

普通の役者さん以上に求めてるものがあるんですね、一個の幅をギュッと開いてくれそうなので。意外と芸人さんでも「あっ、普通だね」みたいな人が来ると……(期待とは違う)。ユニークさというか、同じセリフでも飯尾さんが言うだけでそのセリフがめちゃくちゃ大爆笑、みたいな。(Paravi「考えすぎちゃん」#6より)

陽人が画面越しに舟木にかける優しいセリフも、他の誰でもない丸山さんが言うだけでオタクにとって致命傷となる。特にその直前直後、まさに同じような画面越しの会話を楽しんでいたオタクにとっては。

 

こういった、「専業俳優ではないタレント」をメインキャストとして、しかしあくまでバイプレイヤーとして起用することは、ドラマにとって良くも悪くもスパイスとなる。

今作の場合、前述の飯尾さんや最終回にゲスト出演した我が家・坪倉さんのような芸人だけではなく、ここまで述べてきた丸山隆平さん、そして山下美月さん(乃木坂46)という「アイドル」がまさにスパイスとして効いている。

丸山隆平さんの起用についてはすでに述べた通り、「マルちゃん」と「ハルちゃん」の親和性(同一性と言ってもいい)が大きな理由だろう。無論「ハルちゃん」というキャラクターが当て書きである可能性も踏まえ、鶏か卵かという話ではあるが。

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さらに、このような形で「ヒロインを取り巻くイケメンたち」という立場を外部から与えられてしまうのもアイドルだからこそと言える。ここで挙げられている三人のうち、ヒロインを実際に取り巻いている(恋愛関係となりうる)のは横浜流星さん演じる駿、そして向井理さん演じる葉山の二人であり、陽人は早くに真柴戦線から離脱しているのだ。*1

「うちキュン」ドラマとして、視聴者を真柴に感情移入させることのみが目的ならば、選択肢に陽人は入らないのである。

しかし事実、このTwitterアンケートは丸山さんのオタクを中心にRTされ、獲得票数も丸山さんが一位となっている。実際の各キャラクターについた実際のファン数はさておき、陽人を選択肢に入れることで、アイドルオタクという(SNSでそれなりに拡散力を持つ)特徴的な層にリーチすることができたのだ。

 

 山下美月さんの場合、「あざとくて何が悪いの」のミニドラマ、「あざと連ドラ」がきっかけであろうことはもう明らかだ。Paravi限定配信の「着飾らない恋には理由があって」は、山下美月さん演じる茅野、高橋文哉さん演じる秋葉がメインとなっている。「仕事を無難にこなし、プライベートでは彼氏もいる」が、自分に自信がない茅野と、茅野に思いを寄せる半人前の後輩・秋葉、それにちょっと嫌な感じの彼氏という構図は、表面的ではあるが「あざと連ドラ」のそれと重なる。茅野はなんだかさくら(「あざと連ドラ」)の就職後の未来に見えてくるし、何より秋葉があざとい。さすが二階堂(「夢中さ、君に。」)……。

各配信媒体限定のスピンオフは、全体としてメインキャストより少し若いアイドルや若手俳優が主演を務める傾向にある(もちろん例外もある)。「あざと連ドラ」も、地上波のみならずTELASA限定で完全版が配信されている。乃木坂46にはHuluなど他配信媒体での限定配信も数多く、またファンダム自体も若い。山下美月さん自身の茅野らしさ、演技力の高さに加え、こうした配信に強いファンダムを抱えることもまた着飾る恋のスパイスとなるのだ。

 

着飾る恋というドラマ自体を、アイドルの出演するドラマとして見た視聴者は全体でいえば少数派だろう。ドラマ自体がそもそも面白く、細やかなのである。

一方で、出演しているアイドルのオタクとして、普段恋愛ドラマに感情移入できない者として見た時にも、必ず感情移入の余地を残してくれたのがこの着飾る恋というドラマである。そして最終回、秋色のタキシードを纏ったハルちゃんとマーメイドラインのドレスに身を包んだ羽瀬さんを目にした瞬間、全ての記憶が弾け飛んだ。さよなら舟木、ハセハルよ永遠に。

 

www.paravi.jp 

 *2

 

*1:陽人は第2話で一瞬真柴戦線に挑んだように見えたが、第3話で駿と真柴の関係に気付いて早々に保護者席へシフトしている。この記事は第5話放送後のもの

*2:みんな考えすぎちゃん見て